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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9974号 判決

主文

被告は原告中田六郎に対し金五〇萬円を支払え。

原告中田六郎のその余の請求及び原告中田美代子の請求を棄却する。

訴訟費用中原告中田六郎と被告との間に生じた部分はこれを四分し、その三を被告、その余を同原告の各負担とし、原告中田美代子と被告との間に生じた部分は同原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

第一、原告六郎の請求に対する判断

一、被告が原告六郎の留守宅へ昭和二八年二月頃から下宿しているうち、同年三月頃原告六郎の妻秀子と情交関係を生じ爾来昭和三〇年二月頃まで右関係が継続されていたこと及び被告は秀子が原告六郎の妻であることを知つて肉体関係をつゞけていたことは被告の認めるところである。そうだとすれば被告は原告の夫権を侵害したものでありこれによつて原告が少からぬ精神的苦痛を蒙つたことは明かであるから、被告は原告に対し右苦痛を慰藉するに足る金員の賠償義務がある。

二、よつてその額について考える

成立に争いのない甲第一号証、証人中田秀子の証言及び原告六郎被告本人尋問の結果を綜合すると次の事実がみとめられる。

(一)  原告六郎は東京帝国大学を卒業後同大学院三年を修了し昭和一五年陸軍予科士官学校教官に任命され戦後旧制佐賀高等学校教授、旧東京第三師範学校教授等を歴任し昭和二五年東京学芸大学教授となり、在職中昭和二七年四月肺結核のため東京練馬病院に入院し爾来療養をつゞけて現在に至つている。(原告六郎が佐貿高等学校教授及び東京学芸大学教授を歴任し、肺結核のため入院中の事実は当事者間に争がない)

(二)  原告六郎が前記のように東京練馬病院に入院後当時原告六郎の家族が住んでいた東京都練馬区大泉町八四五番地の同原告宅は女子供ばかりとなつたので原告六郎は妻秀子と協議の上、かつて原告六郎の佐賀高等学校時代の学生で日頃から原告方に出入していた被告を昭和二八年二月頃から右原告宅に下宿させた。ところが同年三月頃前記のように被告と秀子とは肉体関係を結ぶようになりこの関係は少くとも昭和三〇年二月被告が原告留守宅を移転するまでつゞいた。

(三)  原告六郎の家庭は妻秀子(昭和一八年結婚)と長男光一を頭に長女美代子次男東次の五人家族であり(以上の事実は当事者間に争のない事実である)右家族は現在は板橋区志村中台町九三番地の原告六郎所有家屋に住んでいるが建坪一〇坪位の右家屋と、三〇坪位の土地が唯一の財産で他に預貯金はない。原告六郎は昭和三〇年八月病気のため東京学芸大学教授の職を辞任し現在は無職である。現在の症状は安静度二度であり面会入浴等を禁じられベツト生活を強いられているような状態である。

(四)  被告は旧制佐賀高等学校を経て昭和二七年東京教育大学を卒業後東京都立紅葉川高等学校教諭として勤務し、昭和三〇年二月頃原告六郎の留守宅の下宿を移転(以上の事実は当事者間に争がない事実である)後は肺浸潤のため昭和三〇年四月静岡県伊東市の東京都立衛生研修所に入所し、同年一〇月同所を退所したが本件が外部に発表されたため昭和三一年一月六日教職を辞し現在は父の世話を受けて生活している。財産は殆んどなく、一昨年住宅金融公庫から金を借りて建てた家がある程度である。右の事実によれば、原告六郎は被告の本件不法行為によつていわば家庭と教育者の誇とを同時に破壊されたことが認められ原告六郎の精神的打撃はけだし甚大なものであると思料せられる要するに以上認定した原告、被告の経歴、社会的地位、家族資産状態、人格等と被告の本件不法行為の経緯その他諸般の事情を綜合考察すれば原告の精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇万円を以て相当と認められる。

被告は被告と原告六郎の妻秀子との不倫の所為は右秀子の誘惑によつて生じたものであり、且つ被告は目下病気療養中であり右秀子の種々策謀により退職のやむなきに至つたものであるから、この事実は慰藉料の算定につき斟酌せられべきものであると主張するが、かゝる事実は秀子に対する関係としてはともあれ、原告六郎の被告に対ける慰藉請求に対しては斟酌せらるべき事由とはならない。

よつて原告六郎の被告に対する請求はこの限度で認容すべきものとし、これを超える部分はその理由がないから、棄却する。

第二、原告美代子の請求に対する判断

鑑定証人外川清彦の証言によつてその成立を認める甲第二号証の一、二と証人中田秀子の証言を綜合すると、中田秀子は昭和三〇年四月一三日原告美代子を伴つて東京都千代田区富士見町二丁目二番地所在の警察病院に行き、同病院医師外川清彦に原告美代子の診断を求めたところ、原告美代子の膣入口部に損傷があつたこと、及び右損傷が遠因となつて原告美代子は小児膣炎をひきおこし、同年一二月一〇日に至る間数回に亘つて右外川清彦の治療を受けたことを認めることができる。

ところで原告美代子は右傷害は昭和三〇年一月中旬の午後三時頃被告によつて被らされたものである旨主張するけれども、甲第一〇号証の記載内容証人中田秀子の証言及び原告美代子法定代理人中田六郎の本人尋問の結果並びに原告美代子本人尋問の結果は原告美代子の本人尋問の結果中近所の少年に木で股をいたずらされた旨の供述及び弁論の全趣旨並びに原告美代子主張の原告美代子が被告から被害を受けた日から医師外川清彦に診断を受けた日までに約三ケ月の時間が経過していることを併せ考えればたやすく措信することはできないし、その他に被告の原告美代子に対する本件不法行為を認めるに足る的確な証拠はない。

そうだとすれば右被告の不法行為を前提として損害の賠償を求める原告美代子の請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるから棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 田中宗雄)

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